今回のブログのタイトルはナンジャラホイというと、
この曲の歌詞の最後のフレーズ
"Can you live on a knife-edge"の訳だそうです。
グレッグレイク追悼の巻でも書きましたが、初期ELPの魅力をギュッと圧縮したようなこのパフォーマンスはいつ観てもイイもんですなぁ。
エマーソンかデイヴィッドバイロンかといったエメラルドピカピカの一張羅、カールパーマーの赤胴鈴之助ドラムキットの音、ほのぼのレイクのクリムゾン期からの黒いジャズベ、そしてアンプ群はDR-103、moogシンセ、途中のバッハ「フランス組曲」、最後は決まってイジメられるハモンドL-100(パドルスウィッチが何ともイカす!音程をベンドするのは電源スウィッチOFF-ONね!)、そのムチャクチャに合わせるパーマーのインプロ... と、ELPとは何ぞ?と問われたならこのヴィデオを観せればあらかた説明ついちゃうんじゃないの?
でも初期有名曲のこの歌詞はどういった内容なの?とググってみてもちゃんとした翻訳のサイトは無し。
低次元翻訳エンジンの直訳そのまんまを表示して「訳詞」ですなんてやってるサイトに載っていたのが今回の表題。
他の項目を見れば「クリムゾン ・ キングの裁判所で」とかすごいのが載っています。
何でこんな何の役に立たないものが存在してるのかと、その理由を考えるとげんなりしてしまいます。
でも「上の刃物を生きる」ってとこだけ抽出しちゃえば意味深にも聞こえるかもしれませんが(そうでもないか)、「生かすも殺すも刃物次第なのかな?」というのが今回のお話。
これはマスタングのトレモロユニット&ブリッジをマウントしているベースプレートですな。
この写真の大きい方の穴二つが、テイルピースから伸びて地中でトレモロスプリングを引っ掛けてあるスタッドが通る穴ですな。
そしてその穴を拡大してみると、
おや!見事なナイフエッジです。
ここにハマるスタッドの方はというと、円柱にV字溝が刻まれており件のナイフエッジとほぼ点接触にて支点を形成しているのであります。イイですね〜。
しかしこの写真、実はスタッドが触れるのとは反対側のもので、長年のトレモロアクションでその接点が摩耗した実際の支点写真はこちら側(矢印側)。
オレンジが1弦側で緑が6弦側。
ちょっと想像するとテンションもキツイであろう6弦側がよりすり減っているかと思えばさにあらず、
アームバーに近い(アクションがより伝わる)1限側がより多くすり減っておりました。
マスタングのトレモロアームに起因するチューニングのズレというのは、
アームダウンしてその手をパッと離す。
アームアップしたその指先をポッと離す。
この2種の行為を行なった際のチューニングレベルが異なってしまう。
つまりアームダウン時には低めに、アップ時には高めに、それぞれ音程がずれて戻ってこない、アームが(ユニットが)元の位置に戻り切っていないという現象の事を言っております。
私の現在のマスタン子ちゃんもまさにこれでありまする。
では、先のプレート支点=ナイフエッジが摩耗しており、新品時には点支点のおかげで摩擦も極少であったろうその状態を取り戻せぬとなれば、もはやこの我がマスタン子のアームを使うことなど今後一切叶わぬというのか?
この「マスタン子ちゃん」シリーズ第1回でご紹介した、以前所有していたダコタレッドの子はどんなに使い倒してもアームは元の位置にスッと戻り、チューニングのズレもほとんどなかったというのに...
こんな話、かつての都市伝説を聞いたことはありませんか?
ストラトでも何でも、国産コピーモデルで必ず悩まされるトレモロユニットのチューニングトラブルが、本物のFenderでは作りがラフだとかいいかげんだとか言われる70年代ものでさえほとんど起こらないという、あの『モノホンFenderあるある』。
実際私めも若かりし頃からそんな体験を幾度となく有しており、そもそもが当時は大手楽器店の店員自らが『な?やっぱそうだろ?不思議なんだよなぁ〜』なんて客の若造つかまえて当たり前に話していたというイイ時代が実際にあったんですよ。大体80年代前半あたりまではね。
そんな古い記憶を思わず蘇らせてしまい、ならば何ですかーこれは〜!と非常に戸惑ってしまったのが今回のマスタン子トレモロイシュー。
♫どうしちゃったの私のアーム、パチモンだけかと思ってた〜、こんなFender初めて♫
以前オンエアされていた、お尻の悩みから解放されるという夢の軟膏のCMソングを替え歌にしてみましたが、そういえばあのボッサ調のアレンジで流れるフルートの音色はたまらなく良かったですなぁ。
ん?そうだ!あのお薬のように魔法か幻魔術の力をもってしてか、スーッと塗るだけでチューニングが安定する夢の軟膏のごときモノとはこの地上に存在し得ぬものなのか!
ということで、我が家の戸棚をひっくり返してみてこんなものを見つけました。
モリブデングリース〜!
そうですよ!『潤滑』という概念をすっかり忘れておりました。
というのも、チューニングの安定をキーワードに、ナットに塗るギター用グリス的なものが過去幾多あまた登場しましたが、ストラトではそのどれにもピンときたことがなく、ましてやトレモロユニットではそのどこに潤滑剤なんぞ必要あろうものか!といった経験しか持ち合わせておりませんでしたからね。
しかしマスタン子ナイフエッジではどうですか!
ストラトだって似たようなもんだろと?言われるかもしれませんが、あちらさんは2点でなく6点(ここ結構ポイントかもね)でナイフエッジスクスクを行うのであり、またそのスクスク動作が別物だしね。
ならば、マスタン子はそこで行われるスクスクのなめらか具合が、ぎゅっと集約された支点2点のみに求められているとなるとそりゃ大変!
よしよし今何とかしてやるぞとチューブを箱から出し、スーッと塗るどころか、チューっと注入もできそうな形状のノズルからヘドロ色のグリースをムニョロ〜とひり出して、スタッドV字溝とナイフエッジに適宜塗りたくりました。
すると〜
『夢じゃ夢じゃ、
ゆめ〜でご〜ざ〜る〜』
ゴロゴロっと床に転がった松方弘樹の首を抱きかかえ狂乱す萬屋錦之介@柳生一族の陰謀(この2人の演技最高でしたなぁ)のごとく、至極驚愕!
なんとアームの位置は元通りにピタッと戻り、ほとんど狂わないチューニング!
いや〜ホントに、『潤滑』大事ですよねー。
そういえばかつてのエコープレックスの時にも実感していたはず。
今回のマスタン子案件では、新品時にはナイフエッジで摩擦係数も極少だったトレモロユニットが、年月を経て(もちろん油っ気も無くなって)すり減り、すり減っているということは、それだけ接地面積が広くなった=摩擦を起こす機会や範囲が年とともに増大していたら、そりゃ〜『潤滑』しなくっちゃ!
おお!なんと、それでは人間と一緒ではないか!
気だけは若いなんてよく言いますが、それはちゃんと潤滑ができていてのこと。
そうか、そういうことだったのか! 自分の人生のモードが今はっきりしたぜよ!
若い人は『就活』、
年寄りは『終活』、
中年は『潤滑』じゃっ!
これだから機材いじりはやめられません!またまた大切なことに気づいてしまいました。
以来、『なんでも一緒だし、人間は人生だよなぁ〜』と、玄関の鍵穴、実家のサッシやダイニングの椅子、人間関係にあんなことやそんなこと、アレやナニまで、「惑星ソラリス」のテーマ曲、バッハ「我汝の名を呼ぶイエスキリストよ(BWV639)」のメロディを陽気に♫チャ〜リ〜ラ〜リ〜.... ♫とか口ずさみながら潤滑油や潤滑剤を塗りたくり、ギシギシ音を立てたりスムーズに進行しなかったりその気にならなかったりしているスクスク事象に潤いを与えることに喜びを噛み締めております次第なのです。
「上の刃物を生きる」生きてますよ〜。
では「下」は?
ボディに埋め込まれたトレモロユニットの「下側」には、ヒュウマホシの大リーグボール養成ギブスのようなスプリングが。
ストラトはボディの裏側ですが、マスタン子はボディ内に埋め込まれて外からは見えない構造なのです。
このスプリングを、張力を増したものに変えるという手法もありとググると出てきます。今後の進展次第ではいずれ試しても良いかも知れませんね。
ストラト等のメジャーモデルに比して地味ながらもグレードアップや改良パーツが開発、シェアされているマスタン子=Fender MUSTANGとは、実に愛されキャラのギターなんですな。いろんなちょっとしたことをかえって愛おしく思えるから手をかけてみたくなるというか。こんな出会いをしてしまうのもまた人生なのでしょうかなんちゃって。
次回あたりには、そろそろ仕様が固まってきた我がムスタン子の全貌をご紹介できるかも。
お楽しみにね〜。
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